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ググッた結果1,840,000 件。

奇人だの変人だのと言われていたけれど、あたしはやっぱり彼は天才だと思います。

今日テレビで黒川の人生を追っているものをやっていたのですが、知らなかったことが沢山あってビックリ。「共生」という言葉を作り出したのも黒川。

彼は元々地主の名家に生まれて、父親も建築家という環境。ちなみに弟さんも建築家になったらしい。
彼が建築をやろうと志したきっかけは、10歳のときに起きた世界大戦だったらしい。それまであった「まち」が一晩にして、「無」に変わってしまった衝撃が彼を突き動かしたとのこと。
また、敗戦の悔しさも彼の背中を押した。
「絶対に日本を復興させるんだ。世界に日本の存在を認めさせるんだ」という想いがあったらしい。

若尾文子へのくどき文句は「君はバロック建築のようだ」(笑)
矛盾を抱えているのがリンクして見えたようです。矛盾を抱えているのは非常に女性的で美しいと彼は言っていました。

ちなみに高校時代は政治家になろうとできたての弁論部に入ろうとするも「本当に政治家になりたいのならば、血が出るまで叫んでみろ。それができないなら入るな」と先輩にどやされ、挑戦するも血は出なかったらしくあえなく挫折(笑)
その先輩というのが…、かの元首相海部俊樹だとさ。ワオ!
その男子高校が、学年でトップ3の成績になれば髪を伸ばしてよくて、高い下駄をはいてよかったらしい。近くの女学校に通う女の子に恋をしたが、なんと彼女の方が背が高くショックを受けた黒川少年は、頑張って勉強して高い下駄を履いたそうです(笑)


京大を卒業後東大の大学院へ。丹下健三につき、建築を学ぶ。大学院生にして本を出版。ちなみに、日本の建築家の著作数トップ3は、磯崎新氏、黒川紀章氏、宮脇檀氏。磯崎と黒川って同じ丹下研だし。すごすぎだよ。

建築家としてのすごさは書ききれないので割愛します(笑)

そして、なぜ政治に出たのかということ。

彼は「皆に政治へもっと参加して欲しい。国民のための政治でなくてはならない」ことを人々に伝えたかったらしい。彼自身が当選するかどうかが問題ではなかったようです。「きっと、私が死んで政界進出への夢が叶わなかったとしても、この考えを誰かが必ず果たしてくれると思います。この考え、意思を示しておくことが大切だったのです」と話していました。

印象的だったのは、「人様のために。日本のために、できることをやりたい」と力強く語っていたこと。

そう。

黒川は「人のために」生きた人だったのだと強く感じました。

自分のためとか、利益とかお金とかそんな低次元の話ではない。

だから、あんなにかっこいいのだろう。

だから、あんなに輝いていたのだろう。

死ぬ直前まで毎日3時間睡眠。50ものプロジェクトをこなし1日1食の食事時間しか取れなかったらしい。

その彼が建てた象徴的な中銀カプセルタワービルがもうすぐ取り壊されてしまう。彼が建てた、わが町の象徴BIG BOXがリニューアルオープン。一番の顔であったグリコみたいな人が書かれた回転する正面の壁が変わってしまった。トイレの内装も変わって、人の動線ぐちゃぐちゃになってるし使い勝手悪くなったし。

なんという。。。

彼は、本当に天才だと思った。

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