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おそろしや。 2008-06-16 Mon
過去の出来事が人格形成に大きな影響を与えているらしい。


割に荒れてた小 中の記憶が蘇って、謝り癖を思い出す。


未だに抜けないけど。


最近また増えてきちゃったなー。


だから、ダメなんだがな。


『大丈夫』

『だいじょーぶ』

『ダイジョブ』
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褒め言葉は、ハブ。 2008-02-01 Fri
こないだふとした時に言われた友達からのひとこと。


「チカってハブみたいだよね」


ハブって何かというと、電気のコンセントのたこ足みたいに、色々なパソコンとかの配線をつないでくれたりするやつ。
なんとなく検討はつくでしょ?


それみたいって。


チカと出会えたことで人間関係が広がったよって。


人と人のつながりってすごくふしぎだよね。


あたしにも何回か転換期があった。

偶然なのか必然なのかは、あたしには分からない。

でも、ある友達の1通の手紙だったり、免許合宿に行ったことだったり。

あるよね、そういうの。


友達は何気なく言った一言だったのかもしれないけど、
さっきのその言葉は、何よりの褒め言葉として、あたしに響いたよ。


もしも。 2008-01-22 Tue
数分置きに思考回路が変わっていく。

「もしも…」


そうやって考えている自分の頭の中。


色々な場面で、なんど「もしも…」を考えて生きてきたことだろう。

ただ、「もしも…」には何の意味もないのだと、最近になってやっと気がついた。

「もしも…」を考えることは悪いことではないし、そうやって反実仮想をしてみることは、時に有効である。


ただ、「もしも…」の世界に住みついてしまうことは、とても恐ろしい。

現実を見ないで、都合の良いように考えてしまうから。

現実から逃げる癖がついてしまうから。

「もしも…」がその効果を発揮する場面は実に限られているように思う。

「もしも…」の世界の出来事はいくら考えたところで、非現実的なのだから。



と、気がついてみると、実に明快である。

SUNAO 2008-01-16 Wed
子どもを見ているとはっとすることって結構ある。
彼らは“分かってない”から、“気づいてない”から、ありのままにいきてる。

だから、好きなら好きって言ったり、友達に向かって、こっちがハラハラするようなことも平気で言う。

けんかもよくするし、泣くし、怒るし、でもすぐ笑ってたり。

年を取ると、周りのことや自分のことがよく見えるようになってくる。

だけど、実際の中身はそんなに変わっちゃいなくて。

いくら年を取ったって、きっと自分の実感としては、客観的に見た「その年齢の自分のイメージ」にはなれていないと思うんだろうと思う。

小さい頃、20歳なんて、すごく大人だと思ってた。

大学生って、すごく大人だと思ってた。

でも、自分がいざ23歳で、大学生でも、泣けるくらい子どもな面が腐るほどあって、小学生みたいにだだこねたくなったりスネたくなることだってある。(その頻度や内容に変化あるけれど)


きっと、不確かではあるけれど、大人になるって、客観的に物事や自分を見れるようになることのような気がする。

中身自体が変化することよりも、そういう能力を身につけることの方が大きいように思うんだ。

だからこそ、たまには素直でいたいよね。

人にどう思われるとか、恥ずかしいとかだけで押さえ込んでしまわないで、いられたら、いいのにね。

すなお。

これほどに、容易で困難なことはないのかもしれないね。

スペシャリスト 2007-12-13 Thu
やっぱり、何かのスペシャリストであることは、とても重要なことだと思った。

あたしが、羨望しているのは、そういうことだ。



ズルしても 真面目にも 生きてゆける 気がしたよ

(スピッツ/チェリー)




ズルしてたって、誰に怒られるわけでも、生きてけないわけでもない。

でも、自分で自分はごまかせない。

あたしは、やっぱり、精一杯でいたい。

もっと、ちゃんと。

何かのスペシャリストになろう。

自分の中の価値判断で構わないから、胸をはれるように。




余談ですが、今書いている論文は、ちょっと中身はいいものになりそうです。(自意識過剰、笑)
時間との戦いな面もありますが。
題目は「セクシャルマイノリティの人権回復」にしました。

セクシャリティなんて、皆、普段考えないでしょ?
というか、人間自分が実際に困ったり、身近なレベルの問題でないとどうしても真剣に考えない節がある。
セクシャリティなんて、自分が望んで変えられるものでもないから、セクシャルマイノリティの問題なんて、当事者が訴えてるだけで、第三者の視点から述べられている論文はあまり見たことがない。

分かりにくいかもしれないけど、マイノリティの問題の中でも特にセクシャルマイノリティの問題は扱いが難しいのだと思う。
私がいくら望んだって、心と身体に違和感を感じるトランスジェンダーの人の気持ちなんて、“想像”はできても、“理解”はできない。
これが労働者の労働条件の問題だったり、金銭的な問題などだったら、容易に自分がマイノリティになった時のことを想像できるし、理解もできる。
そういうところに、難しさを感じて仕方がない。
文章能力がなくって、具体的に話せない私なので、意味不明だったらごめんなさいw

セクシャリティっていうとすぐ「ジェンダー」とかの話になるけど、ジェンダー論自体、男女二元分割論にのっとっているのが大前提なわけで、あたしはその根本の概念を見直すところから論文を進めたい。

あと一週間ーーー!!!

がんばろーっと。

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